【緊急連載 災害医療のあり方を問う B】
大量の医療ニーズに即応する「資源管理」の重要性

1995年7月
バイオフォーラス災害医学研究所・下田クリニツク院長 笹木秀幹

 

災害医療の本質は、限られた医療資源のなかで、できるだけ多くの被災者を救命することにある。そのためには、時々刻々と変化する医療二ーズを的確に把握すると同時に、医療スタツフの適切な配置や、医療機材、救急車などの患者搬送手段、後方医療機関の確保などの資源管理(ロジスティックス)もまた重要である。
災害医療とは、瞬時に発生した大量の医療二ーズに対して、限られた医療資源の有効利用を考える資源管理そのものといえる。

資源管理の手順

災害医療における資源管理には、一般社会で行われている“Quality Control:品質管理”と同様の工程が求められる。いわゆるPDCAサイクルと呼ばれる、計画(Planning)、実行(Doing)、確認(Check)、処置(Action)の四つの工程のサイクルを繰り返すことによって時々刻々に変化する医療二ーズに対応するものであり、具体的には以下の手順で進められる。

(1)情報収集
   ・総括的な災害状況の評価
   ・利用可能な医療資源の総合的評価

(2)情報分析
   ・総合的な医療二ーズの評価
   ・要求される全医療資源の分析

(1)(2)に基づいて、災害現場で求められる医療二ーズが把握され、備蓄資源の有効利用が“計画”される。

(3)意思決定
   ・適切な医療資源の配置配分
   ・不足資源の支援要請

災害医療の“実行”は、医療スタッフ、医薬品などの医療資源の的確な配置配分であり、また、不足資源に対する支援を近隣地域や国家機関へ要請することである。

(4)モニタリング
   ・医療作業のモニタリング
   ・医療二ーズのモニタリング
   ・利用可能な医療資源のモニタリング

被災地や被災者の状況は常に変化している。したがって、救出救助活動を行うなかで、作業内容、医療二ーズ、残存医療資源のモニタリング(確認作業)は重要である。この3つのモニタリングから、新たな医療作業が“計画”され、PDCAサイクルが継続される。

資源管理のシステム化

災害医療における前記の工程は、アメリカでは、インシデント・コマンド・システムにおける対策司令部(コマンドポスト)と、後方支援を司る緊急対策本部(EOC:Emergency Operation Center)の連携によって行われる。
災害現場の状況を伝え、必要な医療資源を要請する責任と権限を、現場のコマンドポストに集中させ、さらに各コマンドポストからの情報をEOCに統合させることによって、資源管理の効果・効率が確保されている。
ボランティアも含めた人的資源の応援や必要機材の配備は、すべてコマンドポストのチェックインエリアで登録され、捜索救助班、トリアージ班、救急処置班、搬送班などのインシデント・コマンド・システムにおける各作業部隊へ配置される。
また、全作業部隊からの必要な人的要員や医用機材などの医療資源の要請は、コマンドポストで統括され、EOCへ連絡される。
EOCは、すべての災害現場の状況を把握し、医療二ーズの総合的分析と利用可能な医療資源の総合的評価から、災害現場への医療資源の配置配分を決定する。さらに、不足資源を近隣地域や同家機関へ要請する。

対策事業の意思決定は迅速公平に

コマンドポストやEOCには、医療従事者の代表だけでなく、警察、消防、その他行政機関などの代表者も参加し、医療活動を含めたあらゆる災害対策活動を統括しており、各対策作業の優先順位も合同で決定される。たとえば、道路交通網が寸断された当該地域における、捜索救助活動、消火活動、電気ガス復旧工事、水・食料輸送などの優先順位の決定は、複数の代表者の合議によって行われる。
コマンドポストやEOCでの意思決定は、迅速であると同時に公平でなければならない。災害におけるトリアージ(選別)は、被災者の治療と搬送の優先順位を決定することにとどまらず、あらゆる対策作業の優先順位をも決断すべき意思決定基準でもある。
日常の救急医療と違い、災害時の救急医療では、少ない医療資源によって大量の医療二ーズに対応しなければならない。したがって、日常の救急医療とは異なった知恵と仕組みが要求される。少ない資源によって行われる医療活動の効果・効率を高める理念は、他の産業界で行われている“品質管理”と少しも変わらない。
徹底した“情報管理”に基づいた“資源管理”は、災害医療の“品質管理”ともいうべきものである。これに加えて、治療と搬送の優先順位を決定する“トリアージ”の概念を含めた“品質管理”こそ、災害医療における“資源管理”といえよう。
次回は、災害医療における“トリアージ”の具体的方法論と、生命倫理学的な立場からの“トリアージ”の是非を考察したい。

 

[1995年7月号 ばんぶう 掲載]

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