【緊急連載 災害医療のあり方を問う C】
「トリアージ」の実際と解決すべき課題

1995年8月
バイオフォーラス災害医学研究所・下田クリニツク院長 笹木秀幹

 

トリアージとは?

大量の負傷者を取り扱うための根本原理である「トリアージ:Triage」は、フランス語の動詞trier(分類する)に由来するもので、ナポレオンの時代から、医療機材が不足する戦場において、負傷者に治療の優先順位を与える技術として発達した。
トリアージの基本概念は、「できるだけ多くの負傷者に最良の手当てを施すこと (the greatest good for the greatest number)」であり、この技術は今日、大量の犠牲者が発生する戦争や災害時における救命救急に不可欠なものとなっている。
より多くの負傷者にできるだけの手当てを施すことは、単に治療の優先順位を決めることだけではなく、有限である医療資源の最大有効利用を考え、負傷者の症状によって、適切な医療機関に患者を合理的に分配することも含まれている。
端的に言えば、トリアージとは、災害現場においてすべての被災者を系統的に評価し、被災者の治療と搬送の優先順位、および搬送先医療機関を決定することと言える。

トリアージの具体的方法

被災者の治療と搬送の優先順位を決定するトリアージの具体的な方法は、全米では地域によって多少異なるが、概ね以下のような分類が用いられている。

<5段階トリアージ>
 優先第1位 (分類色:赤)
    数分以内に適切な応急処置を行えば救命できるもの
 優先第2位 (分類色:青)
    数分以内に高度な応急処置を行っても、救命できる可能性の少ないもの
 優先第3位 (分類色:黄)
    数時間以内に適切な応急処置を行えば救命できるもの
 優先第4位 (分類色:緑)
    応急処置が数時間後から翌日になっても、生命の危機のないもの
 優先第5位 (分類色:黒)
    すでに死亡しているもの

被災者を5つのカテゴリーに分類する際に留意するバイタルサインは、日常の救急医療と同様に、@呼吸状態 A循環状態 B意識状態の3点であり、これによって総合的に順位付けされる。
米国のパラメディックは、生命の危機にかかわる一般状態を、
 (1)呼吸数
 (2)毛細血管再充満時間
 (3)意識レベル
の3点から判断し、血圧計などの医療機材を使うことなく、およそ1分以内で1人の患者のトリアージを行っている。具体的には、

 (1)歩ければ軽症 [緑]
 (2)通常の会話ができれば軽症 [緑]
 (3)呼吸数が毎分30回以上であれば重症 [赤]
 (4)毛細血管再充満時間が2秒以上であれば重症(*) [赤]
   (*)口唇または爪床を指で圧迫し、これを解除した後、口唇、爪床がもとの血色を回復する
      までの時間が2秒以上のものは重症。心臓血管動態、末梢循環の良否が判定可能

 (5)外科的な止血操作が必要なものは重症 [赤]

など単純な判断基準が取り入れられている。

医療機関の被災者収容能カ評価

優先順位を与えられた負傷者が、適切な医療機関に迅速に搬送されるためには、医療機関の収容能力を予め評価しておく必要がある。各医療機関の被災者収容能力は、その施設の能力が最も少なくなるとき、たとえば土曜日の午前2時などを想定して見積もられるものであり、受け入れ可能な負傷者の数と傷害の程度を、その施設の“被災者収容能力”として査定する。収容患者の重症度のカテゴリーは、その地域で用いられているトリアージシステムの分類と同一でなければならない。
前述の五段階トリアージを用いると、たとえば、最低3人の緊急患者 [黄] に分類された被災者の治療能力がある病院は“黄3収容可能施設”として査定される。ごく軽症者 [緑] の冶寮しかできないが、そういった軽症者が20人を超えなければ対応できる施設は“緑20収容可能施設”と査定されて、当該地域の情報センターに登録される。重症 [赤] と致命傷 [青] は、搬送の優先順位が異なるものの、その治療に必要な設備は同じであるため、赤と青に分類された負傷者は“赤収容可能施設”に運ばれる。
この収容可能施設の登録と、現場のトリアージ分類とを照合しながら、被災者は適切に搬送されなければならない。災害現場と待機する医療機関の調整を行うオペレーションセンターの必要性は、災害対策における“情報管理”と“資源管理”の稿でも再三言及した。
トリアージは、
(1)高度な治療が必要な重症者と
(2)医療資源のさほど必要のない軽症者を分類することにより、医療機材の有効利用を図り、また、
(3)医療機関の収容可能な状況評価を予め行うことによって、患者の適切な搬送を保証するものである。有限である医療資源の有効利用には不可欠のソフトウェアが、トリアージである。

今後の問題

本来平等であるべき人の命に順位付けをするトリアージには、多くの問題がある。トリアージには、一般社会が容認できる判断基準(ガイドライン)はもとより、これを行うものに一定の“責任”と“権限”を持たせる法的バックアップが必要である。
トリアージの概念は理解できても、誰がどう行うか、などの社会的コンセンサスは、わが国にはまだない。

 

[1995年8月号 ばんぶう 掲載]

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