【緊急連載 災害医療のあり方を問う @】
緊急医療の延長の枠を越えないわが国の災害医療

1995年4月
バイオフォーラス災害医学研究所・下田クリニツク院長 笹木秀幹

 

災害とは…
アメリカ合衆国連邦緊急事態対策庁(FEMA)は、災害とは「日常の手順あるいは普段の備蓄では到底対応できない大規模な出来事で、多数の死傷者や財産破壊をもたらすもの」と定義している。地震、台風、津波、原発事故などの物理的、化学的な工ネルギーの大小とは無関係に、被災者の捜索活動や救急救命活動、あるいは当該地域の復旧事業に必要な人的物的資源が、旭元の対応能力をはるかに超えたものを災害と呼んでいる。そして、阪神淡路大震災の調査に訪れたFEMA長官ジェームズ・ウィットは、災害対策とは、「当該地域の二ーズに的確に応えること」とその本質を端的に語っている。


災害医療と救急医療の本質

大量の被災者が発生する災害現場で求められる医療活動は、日常の緊急医療の延長では決して十分ではない。以下に、その理由の3点を述べる。

(1)捜索救助の必要性
まず第1点が、被災者の数的評価の問題である。被災者が建物の下敷きになっているのか、あるいは波にさらわれ漂流しているのか、居住すら誰にも知らされていない人が災害の犠牲になっているのか――その被災者の数と分布を迅速に正確に把握することは、広域に及ぶ自然災害では極めて難しい。
大規模災害における被災者を数的に把握すべき捜索活動は救命活動の第一歩であり、災害対策における最も大切な業務の一つである。
捜索ヘリや捜索犬、捜索用ファイバースコープなどの普及は欧米に比べてわが国はあまりに遅れている。災害現場に求められる医療二ーズを評価することは、日常の救急医療の現場ではさほど難しくない。

(2)トリアージの導入
災害医療が日常の救急医療と大きく異なる第2点は、被災者の質的評価である。日常の救急医療では、患者を把握することは病状病態の質的診断であり、これによって適切な応急処置、プレホスピタルケアが施される。患者の評価は、治療方針の選択に直接つながる絶対的病態診断を前提としている。
しかし、大量の被災者が同時に至る所で発生する大規模災害では、こうした病状病態の絶対的評価を行うことはほとんど不可能である。致死的な出血の有無や意識状態、呼吸や循環動態など、単純なバイタルサインからの緊急性の診断こそが、災害現場での患者評価であり、他の患者に比べて緊急性がより高いのか低いのかというような、あくまで相対的な病態診断を余儀なくされる。災害現場で求められる、複数の患者の間での、治療と搬送の優先順位を決定する“トリアージ”の概念は日常の救急医療ではあまり意識されない。

(3)医療資源の有効利用
第3点は、災害医療における資源不足の問題である。日常の救急医療では、高度な設備をもつ医療機関に熟練した医療チームが待機しており、一人の救急患者にとって時間との戦いはあっても、人的物的医療資源の不足を憂慮することはあまりない。
災害医療では、これを求める患者の数が、対応できる当該地域の医療資源をはるかに超えるものであり、したがって、近隣地域や国家レベルの応援も必要となる。警察、消防だけでなく自衛隊や民間ボランティアの動員も必要になるのが災害現場ではしばしばである。当該地域の医療資源をはるかに超える大量の被災者を救済するためには、被災状況を正確に把握して、現場に求められる二ーズを総合的に評価し、限りある資源を効率よく利用する知恵が災害医療では求められる。
日常の救急医療の延長ではない災害医療の本質を要約すると、災害医療とは、「最大多数の最大幸福(できるだけ多くの患者を救命すること)を目的とし、捜索救助活動による迅速かつ正確な医療二ーズの把握から、トリアージの概念によって治療や搬送の優先順位を決定し、医療資源の有効利用を考えるロジスティクス(資源管理)を駆使するものといえる。

わが国の災害医療の現状

北海道南西沖地震、長崎普賢岳、今回の阪神大震災などの最近の大規模災害では、後方支援病院での医療行為というよりも、災害現場における医療活動に不備があった。被災者捜索活動や、被災者の数的質的評価、現場におけるトリアージ活動など全く欠如していたか、あるいは迅速性、的確性に欠けるものがほとんどであった。自力で医療機関にたどり着いた者、あるいは救急車によって無秩序に搬送された大量の救急患者を、大方の病院では通常のスタッフと、普段の医薬品の備蓄の中で忙しく対応したに止まっている。
被災地域の医療二ーズを総合的に評価できたのは、災害発生から随分時間が経ってからのことであったか、あるいはその認識を誰も持っていなかった。当然ながら、当該地域の医療資源を瞬時に把握し、膨大な医療ニーズの発生と当該地域で利用可能な医療資源のギャップを埋めるべく応援要請も時宜を得た適切なものではなかった。
人手不足、物不足の災害現場で、時間制約を余儀なくされた医療活動に求められるものは、徹底した“情報管理”と“資源管理”であることは再三言及している。この“情報管理”と“資源管理”に求められる、ソフトウェアとハードウェア、さらにこれを遂行できる組織、およびこれに従事すべき人材などについて、次号以降詳述していきたい。

   

[1995年4月号 ばんぶう 掲載]

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