【天声人語】

1995年1月25日

 

天声人語 阪神大震災のように緊急対策を要する出来事は、私たちの政府が非常事態に対処するのに適した仕組みになっているかどうかを、あぶり出して見せる。
 そもそも、自体についての情報がすぐ政府の中枢に伝えられることが肝要である。 首相官邸にいる石原信雄官房副長官によると国の安全保障に関する情報はすぐ集まってくる態勢になっているが「自然災害は国土庁の防災局から事務次官、長官への上がるだけで私はシステムに組み込まれていない」という。
 システム、というのは仕組み、機構のことである。 職務についている人がどういう人であれ、情報が即座に、そして刻々伝えられ、活動が始まる仕組みになっていなければ、よい仕組みとはいえない。
 自民党政権の時代には、首相と官僚たちとの個人的なつながりが極めて強かったという。 首相もそれを意識した。首相が難事に直面すると、ふだん深い関係にある官僚たちが情報を集め、自体解決に向かって奔走する…。
 それは、必ずしも仕組みのよさを説明するものではない。むしろ個別の人間関係に依存するところが大きいことを意味する。法治ではなく人治、という印象さえ与える。
これでは、人々のための仕事をする仕組みで官僚が動いているとはいえない。
 これに関連して、米国に住む医療社会学者の小澤直子さんが指摘している点は示唆に富んでいる。 米国の各自治体の緊急災害対策では、災害の時の責任者や各省庁の役割、伝達機能などを流れ作業の図式で厳密に決めている。 これに従って情報はすばやく集められ、活動は整然と進む。
 社会党出身の首相の時、個人的なつながりによらずに、霞ヶ関の歯車はどう動くか。よく透けて見えそうだ。 指導力の問題もむろん重要だが、こういう機会にこそ、仕組みが適切かどうかを点検し、必要なら、直せばよい。禍を転じて福となすべし。

 

[1995年1月25日(水)朝日新聞 『天声人語』]

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