【論壇】 システム化進む米の災害時体制

1995年1月24日
投稿) 医療社会学者 小澤 直子

 

論壇 「水がほしい」「食料がほしい」「寒さをしのぐ毛布と赤ん坊のミルク、おむつの提供を」…。
 阪神大震災は米国でも連日大々的に報道されているが、被災者たちが、テレビ画面で訴える姿は、同情と、何とかしたいという気持ちを見ている者にかき立てる。
近県はもとより、遠方からもいち早く救援物資を届けようと、多くの地方自治体が独自にトラック輸送を始め、地震で数少なくなった交通網がなおさら混乱して肝心の人命救助の対応が遅れる状況。体育館などに依然待機させられっぱなしで、食料、水などの確保できる避難所に移されることを忘れられた多くの人々。
 米国で日本の災害医療体制を研究している者として、米国での災害対策を紹介しながら、今後の日本での災害対応を考えてみたい。
 今回の地震が起こった1月17日と言えば、1年前のカリフォルニア、ノースリッジ地震とまさに月日を同じにする。この地震は午前4時半に起こり、マグニチュードは6.8。死者61人、負傷者は9千人以上にのぼった。
 地震発生の数分後、ロサンゼルスの各消防署はすでに緊急災害体制に入った。
緊急対応はまず、消防署における資源状況判断から始まった。
 ロサンゼルス市庁舎の地階が災害対策本部にあてられ、3つに分けられた同市の区分署長から、各地区での機材や人材など資源の状況報告が対策本部に次々と入った。同時に入る被害状況をまじえたすみやかな情報分析と判断により、災害対応が進められた。
 このように整えられたもとで、1時間以内には災害現場で無駄のない救急活動が行われ、第2、第3のバックアップにもスムーズに対応できた。
 米国では、各州が独立した行政能力を持ち、各自治体は住民のための緊急災害対策を持っている。そのマニュアルには、一目でわかるオペレーションフローチャート(災害時の責任者や各省庁の役割、伝達機能などを図式化したもの)も含まれ、項目に沿って被害状況を報告する用紙なども用意されている。
 災害対策には統合型災害対策指令システムが用いられ、自治体の消防署長が現場の指揮官となる。たとえ災害規模が大きくなり国の援助が必要となった場合でも、現場を一番よく知る自治体の人間が指揮をとるのは当然と言える。
 このように情報をしっかりと把握し、対応する米国の災害対策システムは、迅速かつ確実に人命救助につながる効率良い方法と言えよう。
 今回の日本の地震は、開放型広域災害で、被害状況の把握は確かに容易ではなかった。災害対策の責任者が被害者になっているせいもあろう。しかし、冒頭のような対応の不備、対処の悪さが目立ち過ぎた。
 さらに米国の災害対策システムの特徴は、ボトムアップ(下から上へ)が基本となっている。被災自治体の対応をもとに、州、連邦政府が必要に応じて対応する。
州知事が最高の統括責任者であり、大規模災害の場合は州の軍隊に出動を要請する。その判断のもとになる情報は、マニュアル化された自治体の災害対策システムによって集められる。
 とはいえ、大統領が国家レベルの大規模災害に指定した場合は、連邦政府も即座に対応する。連邦政府の災害対策は、FEMAと呼ばれる連邦緊急事態管理庁が担い、災害時には一刻も早い情報収集に努め、大統領に報告する。FEMAは、連邦政府の中心に位置するように組織され、本部は首都ワシントンにある。さらに全米を10地区に分け、管理、管轄をしている。
 また、災害緊急時の医療対策としては、NDMSと呼ばれる国家災害医療サービスがある。州、自治体の医療活動を国レベルで支援し、被害者の避難活動の援助や様々の医療活動をする。
 米国の危機管理法は、戦争に備えた民間防衛から自然災害対応へと改善されてきた。長らく平穏安泰でやってきた日本が、今回の地震を通して学ぶところは非常に多い。災害法の見直しを含め、今後の災害にも機能する災害対策システムや災害医療体制の確立を、強く望みたい。

[1995年1月24日 朝日新聞 『論壇』 投稿]

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