【緊急特集 大震災の医療対策 〜 提言:災害医療システムはこうあるべき】
「情報・資源」管理の調整・統合化と災害医療法の制定を

1995年3月
バイオフォーラス災害医学研究所・下田クリニツク院長 笹木秀幹

 

対策活動の問題の本質

今回の阪神淡路大震災の災害対策活動に関して、兵庫県、神戸市などの当該行政機関の初動体制あるいは国家の危機管理体制に大きな批判が集中している。私は、本誌昨年9月号において、災害時救急における「情報管理」と「資源管理」の重要性を説いた。今度の大震災においてもこの「情報管理」と「資源管理」の不備が大きく露呈した。それは以下の6点に集約される。

(1)現場と関係機関の情報伝達の欠如
住民通報や現場の警察消防からの情報は、正確かつ迅速なものが要求される。被災者の数や病状、分布あるいは二次災害の有無、水道・ガス・電気などライフラインの状況把握は、被災地の二ーズを総合的に把握する情報であり、これによってあらゆる対策活動の方
針が決定されるにもかかわらず、こうした情報伝達に不備があった。

(2)関係機関同士の情報交換の欠如
警察、消防、医療機関、自衛隊などの関係機関同士の情報伝達が不十分であったため、災害対策活動に求められる連携がなかった。例えば、警察による迅速な道路交通規制があれば捜索救助、消火活動、電気水道補修事業はもっと迅速なものになったと思われる。また医療機関の連携があれば高度治療を要求される被災者の搬送ももっと適切なものになり得た。

(3)情報統合機関の欠如
災害現場や関係機関からの情報を統合することにより、全被災地の状況を分析し、救命救急や災害復旧事業に必要なすべての情報を分析する機関がなかった。具体的にいえば、どの作業をどの地域から始めるかという意思決定や後方支援の必要性などの判断が不適切か、あるいは時宜を得たものではなかった。

(4)資源備蓄の不適切な管理
当該地域における資源備蓄の質的量的な把握ができていないため、自らの対策能力を知ることができなかった。そのため、外国からの捜索犬や医師団援助、あるいは民問ボランティアの応援、救援物資などの受け入れが適切でなかった。

(5)資源配分の意思決定基準と意思決定者の欠如
道路交通網の寸断された中で、救急活動、消防活動、電気・ガス補修工事、食料・医薬品搬送車などのいずれを優先させるのか、被災地の二ーズに応じた資源配分を誰が、どういった情報に基づき、どういう基準で行ったのか。有限である資源利用の効果効率を考える意思決定が適宜、適切に行われなかった。

(6)予知予報の限界と将来予測の欠如
たとえ地震発生の予知ができなくとも、その後の起こり得る二次災害の予知予報は十分できる。被災状況の把握が遅れたため二次火災の予測が遅れ、また実際の消火活動に必要な水源が断たれたためその対応が予想以上に遅れた。現状把握がないがために、将来予測もなく、その場しのぎの対策活動に終始した。
FEMA(Federal Emergency Management Agency:合衆国連邦緊急対策局)は、「災害とは、地域二ーズが圧倒的に当該地域の備蓄資源を上回った状態」と認識し、FEMA長官ジェームズ・ウィットは、災害対策活動とは、「地元の二ーズに応えること」と要約している。迅速かつ正確に被災状況を評価し全需要を分析し、同時にこれに対処できる資源備蓄を把握することにより、地元の二ーズに応えるべき資源配分を適切に行うことこそ、災害対策の本質である。敵を知り(需要分析)、己を知る(資源分析)ための「情報管理」と、備蓄資源の有効利用を考える「資源管理」が災害対策の本質である。そして、今回の大震災における対策活動の問題の本質は、上述した六点に集約された「情潔管理と資源管理の不備」であると結論される。

[断頭鶏症候群(Headless Chiken Syndrome)]
瞬間的に首を切られた鶏が上位中枢からの情報伝達を断たれて、無秩序に歩き回ってやがては倒れてしまう有り様になぞらえ、アメリカでは上位からの指令と制御を失った組織を、「断頭鶏症候群」と呼んでいる。今回の大震災では至る所でこの症状が見られた。被災状況を正確に捉えるべき目鼻耳などの知覚(求心)神経は欠如し、またこれらの情報を統合して一定の指示を出す大脳中枢もなく、中枢からの指令が被災現場まで伝達する運動(遠心)神経にも不備があった。断頭鶏症候群は、日常の救急医療の現場に求められる小さな組織から、国家危機管理体制のような場合においても陥りやすい病状といえる。
大規模災害の当該地域が陥るこの断頭鶏症候群をなくすため、アメリカ合衆国ではさまざまな努力をしてきている。

[統合型災害対策司令システム(Incident Command System:ICS)と多機関情報調整システム(Multi-Agency Coordination System:MACS)]
ICS 大規模災害における断頭鶏症候群をなくすためアメリカでは、災害対策システムの中に、まず上位中枢である大脳(コマンドポスト)を設定し、作業部隊である手足との情報伝達を行う末梢神経(通信手段)を確立させ、物資輸送となる動静脈を確保する現場処理班を設けた(図1)。作業部隊は、災害現場処理班(Staging)、捜索救助班(Search & Rescue)、トリアージ班(Triage)、応急処置班(Treatment)、患者搬送班(Transport)、物流班(Logistics)などに職務分担され、司令部であるコマンドポストとの通信連絡は共通無線、共通言語で行われる。現場作業班からの情報によって、災害対策に求められるあらゆる二ーズが分析され、これに対応すべき資源管理が物流班で検討される。これら一連の現場活動の仕組みが統合型災害対策システムであり、災害の種類規模に応じて拡張縮小が可能な汎用性のある仕組みになっている。1970年代に生まれたこの仕組みは、1980年代に確立され、現在では全米で広く普及している。
一方、今回のような広域災害では災害対策本部(コマンドポスト)は多数必要であり、各コマンドポストを統括して、情報管理と資源管理を行う更なる上位中枢が必要になり、これを災害対策センター(Emergency Operation Center:EOC)が担っている。EOCには、警察、消防、医療機関、軍などの代表者が集まり、災害対策に必要な情報管理と資源管理がここで行われている。各関係機関へのそれぞれの指令がこの共通の意思決定機関から指示される仕組みが、多機関情報調整システムである。現場における統合型災害対策指令システムとさらにこれを統括する多機関情報調整システムの確立は、断頭鶏症候群をなくす強力な治療手段となった。

政府・行政機関への提言

第二次世界大戦以降、朝鮮戦争、ベトナム戦争などを経験し、さらに度重なる国内の大規模災害の中からアメリカ合衆国は、1970年代からおよそ30年近くの経過の中で戦争時だけでなく、平和時の大規模災害における国家危機管理体制をも確立させてきた。今回の大震災を機に、わが国でも、アメリカにおける危機管理体制確立へのプロセスを大きく学ぶ必要がある。その中でも、災害時における軍と民間の病院の共同利用を考えた、Civilian Military Contingency Hospital System:CMCHSや、災害対策における関係機関の自主自立性の確保と、“既存”資源の有効利用を考えたStafford Actや、連邦災害対策計画(Federal Response Plan:FRP)などは思索的である。こうしたかれらのプロセスを鑑み、わが国にとって重要な当面の課題を政府や行政機関の意思決定機関に以下4点を提言したい。

(1)自主防災体制の充実化
災害発生直後からの情報活動や対策作業は、現場に居合わせた地元住民が最も迅速に対応できるものである。日ごろから、有事のときの情報活動や対策活動の必要性や重要性そして具体的な施行細則を啓蒙し、強靱な地域社会を作ることが大切である。

(2)救急救命士の増員
アメリカ合衆国では、捜索救助活動、救急救命活動を専門的知識と技術の中で行い得るパラメディックや救急救命士が多数存在する。しかも、そうした事業が民営化され、緊急災害時の初動体制に民間の力が大きく期待できる社会構造になっている。わが国の救急救命士制度の歴史は浅く、そしてこの職務につく公的職員の数はあまりに不足している。現在の100倍、1000倍はその二ーズがあると思われる。

(3)災害対策のシステム化
災害対策基本法に基づく防災計画はぺーパープラン症候群になっている。職務分担、職務権限、施行細則が具体的な日本型の災害対策指令システム、多機関情報調整センターなどの確立が望まれる。

(4)災害医療法の制定
災害時救急に求められる捜索救助やトリアージや応急処置、患者搬送などの職務は一定の知識と技術が求められる一方、職務権限がなければ遂行できない。
そこで、災害対策にあたる医療従事者の責任と権限、身分保証などが明記された国内版PKO法のような災害医療法制定など法的整備が望まれる。


以上、わが国の国家危機管理体制を憂慮している日常の救急医療に従事する現場医師として、今回の阪神淡路大震災の災害対策を診断し、国家としての若干の治療方針を提言した。

 

[1995年3月号 ばんぶう 掲載]

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