【編集長インタビュー】
伊豆半島で災害医学研究所を主宰する心臓外科医

1995年3月
笹木秀幹 下田クリニック院長

 

1月17日に神戸地方を大地震が襲い、死者が5200人を超える大惨事となった。関西地方は地震のない所という風評が根強かった。それが救命救急活動を含めて、準備体制、指令体制の不備にもつながったとされ、日本各地の地震多発地帯で対策の再考が求められている。地震の多発地帯である伊豆半島の先端、下田市で開業する心臓外科医の笹木秀幹さん(44歳)は、僻地に大災害が起きた時に医師はどう行動すればよいか、救急活動の中心はだれが行うのか、なども研究してきた。開業するクリニック内にささやかな災害医学研究所を設けて、米国の実例も調査し、地元で啓蒙活動を続けている。

(メディカル朝日 田沢健次郎/撮影・岡田明彦)


情報管理と資源管理

【Q】災害医療と救急医療は同じものと考える人が多いと思います。Dr.Sasaki

【笹木】日常の救急医療と災害医療は大きく異なります。日常の救急医療は、患者の発生現場にいち早く行って、適切な応急処置をしながら迅速に後方病院へ搬送することであり、救命救急に必要な情報や医療従事者、医薬品、救急車などの医療資源の流れが現場と医療機関の2点を結ぶ点と線の関係にあります。
一方、大量の被災者が瞬時に発生する災害では、どの患者をどの医療機関にどういった手段で搬送するのか、しかも搬送の優先順位はどのように決めるのかという知恵も必要になります。多数の被災者と複数の医療機関を結ぶ情報や資源の流れは、“面と面”をつなぐネットワークになります。
災害医療にまず必要な情報は、被災者の数と重症度、そしてその分布です。これによって確保すべき医療二ーズが把握されます。
次に必要な情報は、当該地域において利用可能な医療資源の質的、量的把握です。医師、看護婦、救急救命士などの医療従事者や、救急車、医薬品、空きベッドなどが正確に把握できてこそ、近隣地域への応援要請も適切なものになります。正確に評価された医療二ーズに応えるべき資源管理こそ、災害医療の本質です。重症度によって治療や搬送の優先順位を決める“トリアージ”という概念に加え、医療資源の有効利用を考える“ロジスティックス”(物流)が災害医療には不可欠である点が日常の救急医療との大きな違いです。


共通の意思決定機関の不備

【Q】伊豆半島周辺も、過去にマグニチュード5〜7の地震が頻発しています。今度の大地震をどうみていますか。

【笹木】米国では、1970年秋に起きたカリフォルニアの大火をきっかけに過去の災害対策に関する国家研究が行われ、その反省点を“6つの不備”として要約していますが、今回の地震における災害対策にも当てはまる問題です。まず第1点は、FEMA(米連邦緊急事態管理庁)のような共通指令機関の欠如です。被災者の捜索救助活動や消火活動、水道、ガス、電気、道路交通網などのライフラインの復旧作業、食料や水の配給、医療品の供給などすべて重要であり、性急さが求められるものばかりです。これらの対策活動の優先順位を決定するためには、あらゆる情報がある一点に統合管理され、これによって高い次元の意思決定が行われるべきであり、これを行う共通の指令機関が必要です。
第2点は、災害現場と行政機関との情報伝達の不備です。災害現場の正確な状況評価は、供給すべき資源を把握するのに不可欠です。第3は警察、消防、医療機関同士の情報伝達の不備です。第4は、刻々変化する二ーズにそのつど対応できる意思決定の基準が欠如していたことです。最高意思決定者に心と知恵の準備がなかった。第5は、制約された資源の有効利用を考えるロジスティックスがなかった。そして、第6が、ニ次災害の予測も含めて、災害の予知予報に限界があったことです。米国では、この6つの不備を検討して、INCIDENT COMMAND SYSTEM(統合型災害対策指令システム)という災害対策の仕組みを案出しました。


統合型災害対策指令システム

【Q】どういうシステムですか。

【笹木】米国では“Chicken with its head cut off syndrome”(断頭鶏症候群)という言葉があります。首を切られた鶏が、無秩序に走り回る姿から、上位中枢への情報伝達のない、かつ上位中枢から指令のない災害対策活動を批判する場合を指す言葉です。統合型災害対策指令システムは、総司令部という中枢神経を設定し、情報管理ともいうべき求心性神経と、各作業部隊に指令を出す遠心性神経を構築させたものといえます。そして、この仕組みは、極めて汎用性があり、災害の種類規模に応じて、構造の拡大縮小が容易であり、各作業部隊は共通言語を用いることで情報伝達を確実なものにしています。また、自然災害だけでなく、高速道路、高層ビル、飛行機事故、原子力発電所など新しい科学技術のもたらす大規模災害にも照準を合わせることができます。米国のFEMAやNDMS(国家災害医療システム)、DMAT(災害医療支援隊)、パラメディック、警察、消防、ボランティアなどすべての要員がこの仕組みの中で統合されます。
災害対策に関して、我が国が欧米から学ぶ点は大いにあります。現在、出来上がった組織や仕組みをコピーすることは不適切ですが、彼らが20年以上かけて今日なお、その仕組みの是非について検討しているという現状と、ここまでの歴史的背景やプロセスなどは大いに参考になると思います。


臓器移殖は災害医療の一環

【Q】ところで、先生は以前は心臓移植研究に取り組んでおられた。それが今は災害医療に取り組んでいるのはなぜでしょう。

【笹木】心臓移植や人工臓器などの先端医療技術を開発することと、これが社会的に受容され、普及されることとは別次元です。これにかかわる医師や研究者がそれらの医療技術の必要性や有効性、安全性、経済性、あるいは倫理性まで踏み込んだ技術評価(テクノロジーアセスメント)を徹底的に行い、それらを国民に十分に理解してもらう必要があります。先端医療技術そのものに対するインフォームド・コンセントが必要です。しかし、研究機関や大学病院、国立病院などの高度医療機関で働いていると、最前線の医療二ーズや、患者の心理がわからなくなっているように思われます。脳死の理解、臓器提供のチャンスがこんなに少ないのは、最前線での医療現場において、日常の医療を行う中での十分な説明が足りないせいでもあると思われます。そんな思いから、極端に情報収集が悪く、交通アクセスの悪い伊豆に4年前にやってきましたが、その中で遭遇した眼前の医療二ーズが日常の救急医療の充実と災害時の医療体制でした。そこから、災害医療に必要な医療構造の研究を始めました。臓器移植の社会的定着に求められる医療構造と災害時の救急医療を充実させる杜会構造は多くの点で共通するものがあります。
臓器移植は、臓器提供者の発生から最適レシピエントを決定し、移植臓器を迅速に搬送するという点で、救急医療の一環ともいえます。しかし、移植を待つ患者の数は提供者を圧倒的に上回るために、どうしても提供を受ける優先順位という問題が出てきます。災害医療現場で求められるトリアージの概念と同様です。臓器移植に求められる情報ネットワークやヘリコプターによる移植臓器の輸送は、やがて日常の救急医療のシステムに組み込まれるものです。逆に、日常の救急医療における仕組みの充実があれば、臓器移植の臨床は容易になります。災害医療は、日常の救急よりもさらに複雑な情報管理と資源管理が要求されます。災害医療が“究極の救急”といわれるゆえんです。つまり、災害医療をより効果的なものにできる医療構造があれば、日常の救急医療、あるいは臓器移植も円滑なものになると思います。
臓器移植を社会的に定着させるような医療構造を突きつめていって、災害医療にまで話が大きくなってしまったというのが本音です。また、災害医療における医療資源の適正配分の知恵は、日本の医療構造全体を考える知恵でもあると思います。その地域の医療二ーズに十分応えるべく医療資源の適正配分は、医療技術が高度になればなるほど大きな問題になると思います。高齢化の進む下田の町には、老人医療と救急医療、今回のような災害時の医療の充実が期待されます。微力ですが、ここでの努力が日本全体の医療構造を考え直すきっかけになれば、と大それた夢を持ち続けています。

 

[1995年3月号メディカル朝日 掲載]

へ戻る